こんにちは。深町です。
年末に著しく体調を損なっていたこともあって方々に年賀の挨拶の機会を失ったまま過ごしています。旧暦では1月28日が元日だったようなので普段は旧暦で生活しているということにすると辻褄も合いそうです。明けましておめでとうございます。
さて、去年の12月に月末の退職から雇用先の募集をしました。
働く側ではなく雇う側をスコアリングするというのが上から目線で豪胆だと評価されたのか、私の交友範囲を大きく越えて見ていただいたようです。
最終的に2週間で31社からメールをいただき、数社に訪問して話をしました。
そして縁あってポケットチェンジという企業で働くことになり、2月1日に入社となりました。
ポケットチェンジとは
海外旅行をしたときに余る外貨を帰国後に電子マネーやギフト券に交換できるサービスを提供する会社です。
空港などに設置された専用のキオスク端末を使って交換できます。端末は緑色で、なか卯の券売機のようなタッチパネル式で操作するものです。
先月のRebuild.fm (Aftershow 171: Muscle Memory)でmiyagawaさんとnaoyaさんが「日本に帰ったときに日本硬貨があまる」みたいな話をしていて、「あ〜ポケットチェンジだ〜」と思っていました。
まだ従業員数が10人ちょっとのこの会社ではこのキオスク端末から設計しており、そういう意味ではハードウェアの会社です。開発当初の試作機のマザーボードや3Dプリンタで作った硬貨仕分けの機構なども見せていただきました。
私が今まで働いていたWebサービスを提供する会社とは毛色が異なります。大量のリクエストをいかに高速に捌くかを課題としていたWooの開発とも違いそうです。
求職の過程
それではどうしてポケットチェンジに入社しようと思ったのか。
私が通常の採用応募ではなく雇用先の募集を行ったのは、ぶっちゃけて言うなら自分が何をやりたいのかわからなかったからです。こちらから企業に応募するというのであれば自分の知っている企業に偏りますし、前職や前々職の経歴に依ってしまいがちです。
そうではなくて、企業の大小、業種をあまり限定せずに自分が働きうる場所を知りたかったのです。そのために「こういう人材だけど、仕事ある?」というスタイルになったのです。
私が働くか決める基準は漠然と以下の3つに集約できます。
- 仕事が面白そうか
- 自分が活躍できそうか
- 自分を評価してくれるか
やる仕事が楽しい、挑戦的である、というのはフルタイムの仕事として大事なことです。Railsでデータを繋ぎ合わせて画面に出すみたいなものは作る前から予想がついて面白みがありません。
それでいて自分の強みも活かせて活躍できそうなこと。これは自分の30歳手前という年齢もあるのですが、何でもやります、というよりこれまでの経験を活かして専門性の高いことを行うことを立場上も求められるだろうという意識があるためです。
そして何より、自分を正当に評価する・する気があるところで働くという強い願望がありました。これはエンジニアとしての幸福を考えるならば非常に大事なことだと長年の転職経験から学んだことです。
31通のメールというと多いように思うかもしれませんが、そのほとんどがRailsであり、ちょっと小慣れたWeb技術者に来て欲しい、以上のことはないようなものがほとんどでした。そのような企業で働いて私はエンジニアとして評価されるだろうか、と考えていました。
メールからオフィス訪問まで
その中でメールを送ってきたポケットチェンジの代表の青山さんとはLisp Meetupで一度だけ話したことがありました。そのときにCommon Lispを使いたいんだけどというような話をしたようなしなかったような、正直言うと記憶にはほとんど残っていませんでした。
一方で青山さんのほうは私のことをよくご存知のようでした。
彼が送ってきた2000字を超えるメールはいただいた中で最も詳細で、何をする企業か、会社の規模、そして私が入ったときに手伝ってもらいたい点が明確でした。また、JVM言語ではないという私の制約に対して、一部プロジェクトにScalaの部分があると明かしており誠実でした。
それでも最初の私の印象は特別なものではありませんでした。手伝ってもらいたいという箇所の中に無視できないほどの組み込みCのプログラムがあり、私の経験から言って期待されているほどに適任とも思えなかったからです。
上記の基準の、
- 仕事が面白そうか
- 自分が活躍できそうか
- 自分を評価してくれるか
の2つ目の「自分が活躍できそうか」に不安があるということです。
いただいたメールには「興味があれば一度オフィスに」と書いてありました。
それに対する私の返信は少し冷たく、サービスには興味あるがそれほど入社の温度感は高くなく、入る確率は10%程度だろうけれどもそれでもよければ、という内容でした。そして、それでよいので、ということで訪問しました。
メタ会社”コイル”
けれど一転して、オフィスに伺って話を聞いてみたあとには考えが変わりました。
ポケットチェンジの実機は予想通りで驚きはあまりありませんでしたが、一方で衝撃的で興味を惹かれたのは「ポケットチェンジは子会社であり、母体企業として『コイル』というものがある」という話です。
「コイル」というのは「会社をつくる会社」です。一般的なスタートアップのように一つのビジネスを立ち上げることを目的とした組織ではなく、いくつものアイデアをそれぞれ子会社として形にしていくことを目的としています。メタ会社です。
ポケットチェンジはその子会社の中の一つというわけです。
コイル (およびポケットチェンジ) には少人数ながら専門性の高い仕事をする人が多く所属しています。スキルもビジネス、インフラ、ハードウェア、サーバーサイド、クライアントサイドなど多岐に渡っています。メンバー間のスキルの補完が非常にうまく行っているのかなと予想しています。
これを聞いたとき、私は前に何かで聞いたデザインファームのことを思い出していました。デザイナーが多数所属するその企業は会社というより独立した専門家が多数所属する団体であり、請け負った仕事によって必要なメンバーを集め、プロジェクトを組んで取り組むというようなものです。
ポケットチェンジの彼らが優秀であることはたった一年でサービスが動く形になっており、実際に空港に置いてサービスインする目前まで来ているということで証明できていると思います。
それぞれのメンバーも起業や売却を経験している方も多く、大人ベンチャーとして確度の高いビジネスをやっていこうという話をされていました。
私が期待されていること
そういったチームの中でどのような立ち回りを深町さんに期待するか、という話がありました。
今のメンバーの弱みとして、技術者がビジネスに寄りすぎているということを心配していました。他の企業ではエンジニアが技術ばかりにこだわって結果に結びつかないというような話ばかり聴くのに、この大人な企業は逆の悩みなのです。
その結果として全体的にビジネスを中心に話が進むようになっている、その中で深町さんのようにCommon Lispという言語にこだわるような技術志向のエンジニアは意見が対立するかもしれないけれども議論をする上で良い相手になりうるだろう、ということ。組織にとって多様性が大事であるということをよくわかっての発言だと思われます。
さらに、ポケットチェンジはハードウェアから設計をする会社であり、コイルもどのようなサービスを今後提供するかわからない、そういう会社では既にあるものを組み合わせるのではなく何もないところから物を作り上げる能力が求められる。場合によっては独自言語の設計なども必要になるかもしれない。その点、深町さんはCommon LispのWeb開発環境をHTTPパーサーやWebサーバー、Webフレームワークまで一人で作った経歴があるためぴったりだろう、ということ。
最後に、今いるエンジニアはあまりオープンソース活動に積極的ではない。深町さんのように多くのオープンソースプロダクトを公開し開発するような人材を入れて刺激とし、社でオープンソース活動をする空気が作れれば、という話。
どれも私のことをよく知っており、いかに自社に必要かということが明確でした。これほどありがたい話はありません。
それから「少し考えさせてください」と保留してから、ポケットチェンジは良さそうだと考えを改めました。早速次の週に再び訪問の機会を持って細かい条件などもすり合わせました。
その段階で、ものは試しに「Common Lispで仕事がしたい」と言ってみました。
こういうとき他の企業は躊躇するものです。
「うーん、他のチームメンバーとの連携もあるし…」
「他に使っているところがありますか?」
「採用に不利なのでは?」
などの理由を挙げて曖昧な問答になります。未知のものは怖く、そのリスクを取って、中途採用の一人に利するより既存のコードや社内に抱えるエンジニアたちのほうが大事ということもわかります。けれどここで敢えて訊いたのは純粋にポケットチェンジの本気度を知りたかったからです。
すると「深町さんを雇うのにCommon Lispを書いてもらわなければ勿体無い」と予想以上の答えをいただきました。
その場にはコイルの代表である松居さん(ビジネス担当)もいらっしゃいました。「今ある部分を全部Lispで書き直すという必要もないだろうから、これから作る部分で強みの活かせるところやどちらでも良いようなところではどんどん使って行って欲しい」と彼自身の返答も曖昧さがなく、自社のエンジニアを信頼しているのだなと好感を持ちました。
寿司
余談ですが。
「この前のパーティで寿司屋呼んだんですよ」
は? …え? 寿司でなく?
「寿司屋に来てもらって、そこカウンターにして握ってもらったんですよ」
IT企業のパーティなどで寿司の出前を取るというのはよく聞きますが、寿司屋の出前は初めて聞きました。
またやりたいねー、と言っていた矢先、年末に内定者として呼ばれた締め会でも寿司屋が来てました。
確かにお金はかかるけれども、外部の人間も呼んでサービスを紹介して使ってもらったり、採用候補のエンジニアに声をかけて採用したりできるし、寿司は美味しいし、良いこと尽くめだそうで。変わってる。
入社してみて
まだほんの一日をオフィスで過ごしただけなので何もわかりませんけども。
私は前職が完全リモート制だったため、この2年ほど通勤というものをしてきませんでした。そのため今月からにわかに毎朝会社に行く通勤ということが当たり前になり新鮮です。
初日ということで担当部分の説明もありました。とりあえずはRustを書くことになりそうです。
先日ちょうど知人と「Rustの仕事を探してみたんですがありませんでしたね」「ないでしょうね」みたいな話をしていたのに、不意に社内のコードの説明で「この部分はRustで書いてます」とか言い出すので「まじかよ」と言わずにはおれませんでした。ここにありましたよ、Rustの仕事。
ハードウェア制御の部分は低レイヤーのコードが書けて環境依存性があまりないという理由でRustが選択されているようです。この点で言えばCかC++かRustかみたいな選択になるのでしょうか。
まだ決まったことは多くないですが、Common Lispが使えそうな部分が十分にあるのでRustに加えて再びCommon Lispを仕事で書くことになりそうです。
ええと。ポケットチェンジはエンジニアを募集しているはずです。けれどどういう人を求めているのかよく知りません。「Rustの仕事なんざWeb屋に任せずに俺が入って代わりにやってやらぁ」というような気概に溢れた人などはお声がけいただければ繋ぎます。そうすれば私はCommon Lispを書きます。ウィンウィンウィン。
さて、それでは二〇一七年もどうぞよろしくお願いします。